【相談事例】認知症の妻を残して夫が亡くなりました。妻には成年後見人をつける費用も時間もありません。実家の名義変更を諦めるしかないのでしょうか?
お住まい:姫路市田寺
状況:
先日、父が亡くなりました。残された相続人は、母(妻)と私(長男)の2人です。
実家の土地と建物は父の単独名義になっており、同居している私がすべて相続して名義変更(相続登記)をしたいと考えています。
しかし、母は重度の認知症で施設に入所しており、遺産をどう分けるかという話し合いが全くできません。手続きのために家庭裁判所で「成年後見人」をつけてもらうとなると、専門家への報酬など多額の費用や時間がかかると聞きました。
当面の間、実家を売却する予定はありませんが、成年後見人をつける余裕がない場合、実家の名義変更手続きは完全に諦めるしかないのでしょうか?
司法書士からの回答・解説
お父様のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます。お母様の介護や施設の手配などで大変な中での相続手続きとなり、ご負担も大きいことと存じます。
お調べいただいた通り、お父様名義の実家を「ご相談者様(長男)の単独名義」に変更するためには、相続人全員での遺産分割協議が必要です。お母様に判断能力がない場合、この協議を行うためには原則として成年後見人の選任が必須となります。
しかし、「成年後見人がいなければ、一切の法務局での手続きができない」というわけではありません。お母様に成年後見人をつけずに、ご相談者様お一人で進められる対応策が2つあります。
成年後見人をつけずにできる2つの対応策
1. 「法定相続分」の割合で共有名義にする登記
遺産分割協議(誰がどの財産をもらうかの話し合い)を行わず、法律で定められた割合のまま登記を入れる方法です。今回のケースでは「母が2分の1、長男が2分の1」という共有名義になります。
この手続きは、法律上「保存行為」と呼ばれるため、認知症のお母様の関与や成年後見人がいなくても、ご相談者様からの単独申請で行うことが可能です。
2. 「相続人申告登記」を利用する
令和6年4月からの「相続登記の義務化(放置すると過料の対象になる制度)」への応急処置として作られた新しい制度です。「私は相続人の一人です」と法務局に申し出るだけの簡単な手続きで、こちらもお母様の状況に関わらず、ご相談者様お一人で申し出が可能です。
【重要】相続人申告登記の大きなデメリット
上記2つのうち、「相続人申告登記」を利用すれば義務化のペナルティは回避できます。しかし、この制度には非常に大きな注意点があります。
相続人申告登記は、あくまで登記簿に「〇〇という相続人がいますよ」と名前が付記されるだけの制度であり、所有権が移転する(権利関係が確定する)わけではありません。
したがって、この手続きをしただけでは、将来不動産を売却したり、家を担保にしてお金を借りたりすることは一切できません。根本的な解決にはならず、最終的にはきちんとした相続登記(名義変更)をやり直す必要があります。
また、「1. 法定相続分での共有登記」を選んだ場合も、将来実家を売却する際には、共有者であるお母様自身の明確な同意(売却の意思表示)が必要になります。その時点でどうしても売却しなければならない事情ができた場合、結局は「成年後見人」を選任しなければ不動産を動かせなくなってしまいます。
認知症のご家族がいらっしゃる場合の相続手続きは、「当面の間、実家に住み続けるのか」「施設費用のために将来売却する可能性があるのか」によって、最適な手続き方法が大きく異なります。
目先の手続きの容易さだけでなく、ご家族の将来の状況を見据えた上で、最も負担の少ない方針をご提案いたします。お一人で悩まれず、まずは当事務所にご相談ください。

